元ネタと条件分岐

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「卓上ウォーゲームの基礎知識」的なもの(とりわけ、ユーロゲームと比較した場合の著しい相違点)を、そろそろウィキの方でまとめておくべきだよなぁ……と、ここ数年思っていたものの、内容がそれなりに多岐に渡るので二の足を踏み続けていたのだが、基礎知識の一部である日本国内における略史は一応書き上げたので、その勢いでとりあえず、ユーロゲームとの相違点に関する草稿的なものをブログの方で5回に分けて書き散らすことにした。まずは、卓上ウォーゲームの「難しさ」について。

卓上ウォーゲームの難しさ、というと「ルールが多い」「プレイ時間が長い」ということ「だけ」がもっぱら挙げられることが多く、なおかつ、その例としてアバロンヒルの「Rise and Decline of the Third Reich」(1974年出版)やSPIの「War in the Pacific」(1978年出版)や「The Campaign for North Africa」(1979年出版)がもっぱら挙げられることが多い。

しかし、40年以上も前のゲームしか例に挙げられない時点で、この手の言説は全てゴミだと断言できる。上記のゲームよりルールが少なくプレイ時間も短いゲームは幾らでもある。加えて、ルールが少なくても難しくないとは限らないし、(後でみっちり論じるが)ウォーゲームはプレイヤーが将軍や大名や分隊長といった指揮官の役割を演じる「ロールプレイングゲームの先祖」という側面もある。RPGが5分や10分で終ったって大して面白くないだろう。

それでは、卓上ウォーゲームのルールはどのように難しいのか?というと、「元ネタとの密接な関わり」と「条件分岐の多さ」が挙げられる。

ウォーゲームの多くは、過去に実際にあった、歴史上の戦いをテーマとしているものが多い。それ以外の、近未来において想定される戦いや過去に起きるかもしれなかった戦いや、SFなどのフィクションで描かれた戦いをテーマとしているものもあるけれど。

加えて、ウォーゲームは英語圏において「コンフリクト・シミュレーション(conflict simulation)」、略して「コンシム(consim)」とも呼ばれている。つまり、何らかの衝突(多くは軍事的なもの)を模擬的に再現するもの、と定義されている。

それゆえ、ウォーゲームのルールは「史実」や「現実の軍事行動」といった、元ネタを再現することに主眼が置かれている。例えば、夜間や冬季における行軍の難しさを再現するルール、山や川を越える移動の難しさを再現するルール、都市にこもる敵を攻撃する難しさを再現するルール、歩兵に対する騎兵や戦車の優位性を再現するルール、補給や偵察の重要性を再現するルール、などなど。

そして、個々のルールがそのような元ネタと密接に関わっているがゆえに、ゲームがゲーム単体で完結していない。実際、ボードウォーゲームの多くは「戦史雑誌の付録」という形態で出版されていて、ゲームで扱っている戦史の詳細が雑誌本体で解説されていることが多い。

ボードウォーゲームはしばしば、ユーロゲーマーから「マップがペラペラでしょぼい」と言われるが、これは雑誌の付録という形態で出版されることが多いがゆえに、ソフトマップが採用されることが多い(人気作だとハードマップのボックスゲームとして再版されることもあるけれど)。

また、ボードウォーゲーム発祥の地であり最大のマーケットでもあるアメリカは国土が広いがゆえ、雑誌は定期購読の契約を結んで前金を払って郵送してもらうことが多く、出版社もその方がまとまった前金が入って大胆な企画が立てやすい(全くの余談だが、サブスクリプション(subscription)という単語も元々は新聞や雑誌の定期購読権という意味で使われることが多かった)。

そのため、戦史雑誌の付録ゲームはボックスゲームだと絶対にペイできないようなマイナーな戦史を取り扱うことが少なくない(欧米の雑誌の付録ゲームについてはウィキの方に目録を作っている)。

しかし、このようにルールが元ネタと密接に関わっているがゆえに、元ネタに関する知識が無ければ個々のルールが元ネタの何を再現しようとしているのかがわからず、ルールが頭に入りにくい。しかも、ウォーゲームを買う時点で元ネタなんて知ってて当り前、言わずもがな、と、パブリッシャー側がルール解説の類をおざなりにしていることが多い。

さすがにこのままではまずいので、「ゲームメカニクス大全」の卓上ウォーゲーム版みたいなものがあってもいいだろう。実際、多くの卓上ウォーゲームで共通して採用されているルールに関しては、元ネタと絡めて解説する試みが近年は実施されている。「コマンドマガジン日本版」の連載「ウォーゲーム・メカニクス」はその代表格で、公式サイトでも無料で公開されている

さて、「元ネタとの密接な関わり」の次は、「条件分岐の多さ」について。

卓上ウォーゲームのルールは「史実」や「現実の軍事行動」といった、元ネタを再現することに主眼が置かれているがゆえに、条件分岐的なルールが少なくない。すなわち、夜間や雨期といった特定のターンにのみ適用されるルール、森林や都市といった特定の地形にのみ適用されるルール、騎兵や空挺といった特定の部隊にのみ適用されるルール、などなど。

そして、そのような条件分岐的なルールが多ければ多いほど、今・ここで・この部隊に、どのような制限が課されたり特典が与えられたりするのか?を人力で判定する負担がデカくなる。その結果、条件分岐的なルールの適用をうっかり忘れるというミスが起きやすくなる。

加えて、条件分岐的なルールが多ければ多いほど、条件同士のバッティングが起きやすくなる。すなわち、条件αが満たされた場合に実行される処理Aと条件βが満たされた場合に実行される処理Bの内容が矛盾していて、なおかつ条件αと条件βが両方とも満たされる場合、処理Aと処理Bのどちらを優先するのか?それともどちらでもない処理Cを実行するのか?といった定義付けが必要になってくる。

しかも、条件分岐的なルールが多ければ多いほど、開発段階でそのようなバッティングや定義付けのチェック漏れが起きやすくなり、リリース後にルールの明確化・エラータ・FAQが発表されることが少なくない。そのため、アメリカのパブリッシャーでは「living rules」と称して最新版のルールのPDFが無料で公開されていることが少なくない。

ここまで読んで、何だかコンピューターのプログラムみたいだなぁ、と思った人、鋭い。コンピューターのプログラムもまた、特定の条件と、それが満たされた場合の処理が記述された、条件分岐のかたまりという点で卓上ウォーゲームのルールと似ている。リリース後にバグフィックスがしばしばなされる点も似ている。

実際、アメリカではボードウォーゲームが発展した1970年代にティーンエイジャーとしてウォーゲームに接した者の相当数が、1980年代以降、ソフトウェア技術者になっている。また、SPIがルール作成用にApple IIを導入した結果、スタッフがゲーム開発そっちのけでApple IIにハマってしまった、というエピソードがダニガン本の第二版には出てくる。

加えて、現在でもExcelのマクロを使って特定のゲームの戦闘結果判定などの処理を自動化させてしまう人もいたりする。つまり、様々な条件分岐を頭の中できっちり整理できる人でなければ、難しいのだ。プログラミングも、ウォーゲーミングも。

とはいえ、様々な条件分岐を頭の中できっちり整理するなんて、相当賢くなければできない。だから、個人的にはTRPGのようなマスタリングが卓上ウォーゲームにもあったっていいんじゃないか、と思っている。つまり、ルールに精通したマスターがゲームの進行役となって、プレイヤーは必ずしもルールに精通していなくてもプレイに参加できる、という形式だ。

また、こうした条件分岐的なルールの処理は、将来的にはAIに任せられるようになるだろうと思っている。細かく言うと、まず最初に、ゲームの開発段階でルール同士の矛盾や定義漏れの有無を調べてくれる「ルールチェックAI」が誕生して、次に、その発展型である「マスタリングAI」が誕生して、最終的に、対戦相手も務めてくれる「プレイヤーAI」が誕生するだろう、と思っている。

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