同文異義:猪

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「猪」という字は、日本語の訓読みでは「いのしし」と読むが、西遊記の猪八戒がイノシシではなくブタであることからもわかるように、日本以外では支那でも朝鮮でもベトナムでも「猪」はイノシシではなくブタを意味する。野生のイノシシを家畜化したのがブタなので、支那語でイノシシは「野猪」と呼ぶ。

それに加えて、十二支の「亥」も、イノシシを意味するのは日本だけで、支那でも朝鮮でもベトナムでも「亥」はブタを意味する。去る2019年は己亥の年だったが、春節(朝鮮ではソルナル(설날)、ベトナムではテト(Tết))の飾り物のモチーフがブタだったことは、上海ナビソウルナビベトナムライフスタイルの記事を見てみれば一目瞭然だ。

このように、東アジアで広くブタを意味する文字や言葉や概念が日本でのみイノシシを意味するのは、日本では中世から近世にかけて(薩摩や長崎や琉球を除いて)長年ブタが飼育されていなかったことが反映されている。

日本では弥生時代から奈良時代にかけて、一旦は養豚が営まれたものの、平安時代以降は廃れてしまった。原因については諸説あるが、まず仏教の普及によって五戒の筆頭である不殺生戒に触れる肉食が避けられたことが挙げられるが、しかし野生のイノシシを山鯨と呼んで食ったりはしていたので、仏教だけでは説明がつかない。仏教以外の要因として、火薬と肥料が挙げられる。

東アジアでは伝統的に、ブタは便所で飼育して人糞を食わせていた(いわゆる豚便所)。一方、日本では戦国時代に鉄砲が伝来して以降、黒色火薬の主原料である硝石の需要が急速に高まったが、天然の硝石は乾燥地帯にしかなく、湿潤多雨な日本ではほとんど採掘できなかったので、ヒトの屎尿をバクテリアで酸化させることで人工的に硝石を生成するようになった。加えて、江戸時代に関東平野で農地の開拓が進むと肥料の需要も高まったので、やはりヒトの屎尿の多くが有機質肥料として使われるようになった。つまり、ブタを十分に養えるだけのエサを確保しにくかった、と言えるだろう。

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