フライドチキンと朝鮮戦争

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韓国で失業者の多くがフライドチキン屋を開業するものの、短期間で廃業に追い込まれる者が少なくない——という話題が、近年、日本でも報道されている。だが、そもそも何故フライドチキンなのか、ということは、あまり深く掘り下げられていない。実は、韓国のフライドチキンは朝鮮戦争と密接に関係している可能性が高い。

本題に入る前に、まず、現在の韓国におけるフライドチキンのマーケットについて、ざっと概説する。日本でフライドチキンのチェーンと言えば、外資系のKFCが圧倒的なシェアを誇っているが、韓国における外資系のフライドチキンはKFCの他にもルイジアナフライドチキンのポパイズがチェーン展開していて、一時期はKFCと覇を競っていた。外資系以外では、ナムウィキ(日本におけるニコニコ大百科に相当)の「치킨/가게 목록(チキン/店目録)」のページに登録されているチキン屋(ローストチキン屋も含むが、大部分がフライドチキン屋)のチェーン一覧を見てみると、501店舗以上の大型チェーンが10件以上、101店舗〜500店舗の中型チェーンが40件以上、100店舗以下の小型チェーンが70件以上、登録されている。

先月ちょっと触れた、「韓国安保観光」の制作過程で済州島以外のほぼ全ての自治体を回っていた時にも、こうしたフライドチキン屋のチェーン店でしばしばイートインやテイクアウトをしたことは、旅の記録にも残している。普通の観光客なら行かないようなド田舎も結構回ったが、そうしたド田舎でも役場・農協・キリスト教の教会そしてフライドチキン屋は必ずと言っていい程、目にしていた。

さて、そろそろ本題に入る。日本ではフライドチキンというとハレの日の御馳走、というイメージが今でも残っている。が、アメリカではフライドチキン(とスイカ)は、黒人が奴隷だった頃に食っていたもの、というイメージが今でも残っている。ベトナム戦争ものの映画「フルメタル・ジャケット」の序盤で訓練教官が黒人の新兵に「They don’t serve fried chicken and watermelon on a daily basis in my mess hall!(うちの食堂では日頃はフライドチキンとスイカは出さん!)」と言い放つ場面も、そうしたイメージに由来している(全くの余談だが、2009年にアメリカを横断旅行していた最中、シカゴでフードイベント「テイスト・オブ・シカゴ」に立ち寄った際、会場で黒人のグループがスイカをむしゃむしゃ食っているのを目撃した)。アメリカではクリスマスには七面鳥の丸焼きを食うので、クリスマスにフライドチキンを食う日本の風習は奇習とみなされている。

そして、朝鮮戦争で韓国を支援するために参戦した米軍には、黒人兵が多く含まれていた。代表的な例を挙げると、1950年6月の朝鮮戦争勃発時に日本に駐留していた第25歩兵師団は翌7月には前線に投入されたが、その内の第24歩兵連隊はバッファロー・ソルジャーに属する黒人部隊だった。つまり、朝鮮戦争以降の食糧難だった頃の韓国で黒人米兵を通じてフライドチキンの製法が伝わった可能性が高い。その証拠に、北朝鮮ではフライドチキンはほとんど食われていない。

大衆食の文化というものは、記録されにくく、その歴史を辿ることは難しい、ということは、本邦では近代食文化研究会の労作からも明らかだが、韓国のフライドチキンについても同様のことが言える。歴ログが2018年に「韓国のフライドチキンの歴史」という記事を上げているが、そもそもいつ、どのようにフライドチキンの製法が韓国に伝わったのか、ということまでは明記されていない。「コリアン・フード・コラムニスト」を名乗る八田靖史も、この件はいまだ突き止めていない。

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