長い江戸時代・その1

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日本の歴史は400年周期で大変動する、という説が存在する。800年頃に平安京が作られ、1200年頃に武士の政権が成立して、1600年頃に江戸の都市開発が始った。いずれも、日本の歴史における大きな転換点だったと言えるだろう。

江戸の都市開発と共に始った江戸時代は、一般的には明治維新によって終了した、とされている。しかし、江戸は東京に名を改めた後も都市開発が続き、江戸時代に確立した日本人の気質や価値観は大して変化しなかった、2000年頃までは。

戦国時代に群雄割拠だった日本は徳川幕府によって全国統一された、といった説明がしばしばなされるが、関ヶ原で徳川に敵対した島津氏や毛利氏は滅ぼされることなく、江戸時代に入っても存続したものの、潜在的な敵対勢力として扱われ、実際、島津=薩摩と毛利=長州による明治維新によって徳川幕府は瓦解した。加えて、そうした潜在的な敵対勢力を押え込むため、江戸時代には各地に関所が設けられ、わざと橋を架けない川もあった。つまり、パックス・トクガワーナとは、全国統一というよりは戦国時代の休戦だった。

加えて、戦国時代には農民が農閑期の副業として、郷里から遠く離れた場所での合戦に赴くこともあったが、江戸時代には武士の「一所懸命」が農民にも敷衍され、割り当てられた土地をせっせこせっせこ耕せば、一応食ってゆけるようになった。こうした施策によって、江戸時代の日本人(特に人口の過半数を占める農民)は、戦国時代よりも流動性が低くなった。

日本社会の流動性の低さは明治維新によって一旦は崩れたが、流動性の高さは貧富の格差の拡大にも繋がり、それに対する反動(與那覇潤言うところの「再江戸時代化」)が昭和に入ってから顕著になり、野口悠紀雄言うところの「1940年体制」によって日本社会の流動性は再び低くなった。人口の過半数は農民ではなく会社員になったが、最初の就職先をせっせこせっせこ勤め上げれば、家庭を営めるだけの収入を得られるようになった。

しかし、そうした流動性の低さは、今まさに現在進行形で崩れてきている。これは、400年に一度の大変動なのかもしれない。そしてそれゆえ、16世紀から20世紀までの400年間は、後世、「長い江戸時代」と呼ばれることになるかもしれない。

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