五十にして天命を知る

Pocket

49歳になった。こないだ40になったと思っていたのに、もうそんなに時が経っていた。

満年齢の49歳は数え年だと50歳になる。「五十にして天命を知る」と言うけれど、実際、ようやく今頃になって「やりたいこと」と「やるべき(だった)こと」が明瞭になってきた。

高校生の頃は、編集者になりたかった。だから、出版関係の書籍を読み漁っていたし、大学ではDTPの技能を身に付けようと学内のMacをいじり倒していた。結局は、そこからプログラミングに関心が移って卒業後はプログラマーを丸10年勤めることになったのだけれど。

しかし、その頃はまだ、自分自身が根本的に一体何を求めているのかが、よくわかっていなかった。編集者になりたいというよりは、自分専用のメディアが欲しかったのだ。

関西弁が使えない関西人として生れ育ち、周囲の同級生との間でのコミュニケーションの不全感にずっと悩まされていた。気の置けない同期がひとりもいなかった。ただ単に言葉が違うだけでなく、そもそも思考/志向/嗜好が異なっていた。典型的な「浮きこぼれ」だった。

中学生の頃に休み時間の雑談で、今どんなマンガに注目しているのか、という話題になった時に、他の者が全員「ドラゴンボール」を挙げたのに対して、ひとりだけ「沈黙の艦隊」と答えて、全く話が通じなかった。その時に、ああ、こいつらと俺とでは、見えているものが全く違うんだな、と思った。

そんな孤立感をずっと抱えていて、思考/志向/嗜好が似通った者を探し求めていたから、自らの言葉をなるべく広く遠くまで発信したかった。

けれども、編集者というのは基本的に他人をプロデュースする仕事なのだから、編集者を目指していたのは間違いだった。もしも編集者になっていたとしても、孤立感は埋められなかっただろう。

3回生の夏期休暇中に、大学のサーバーを間借りする形で初めて個人サイトを開設した時、これで編集者を目指さなくてもよくなったんじゃないか、と思った。それで正解だった。

そうして手に入れた自分専用のメディアから発信したかったこと、それは、特定の地域や国や集団の中でしかほとんど知られていないようなことだった。

好奇心の赴くままにアンテナを四方八方に広げて、どんどん見聞を広めたかった。未知との遭遇にびっくりしたかった。そしてそれが特定の地域や国や集団の中でしかほとんど知られていないようなことであれば、それを自分専用のメディアから発信することで、誰かをびっくりさせたかった。

しかし、それってマネタイズできるの?と問われれば、返答に窮する。自らの琴線に触れるようなネタはことごとく、広く一般ウケするとは言い難いのだから。実際、現時点で最も力を入れている「亜州卓上戦棋定点観測」ですら、毎月のPV数は時に1桁台に留まる。かかっている労力に全く見合っていない。

だから、やりたいことでは基本的に食えないという前提で、やりたいことになるべく時間と金銭を投入できるように、食い扶持稼ぎに使える汎用的な技能や資格と、株や不動産といった不労所得の収入源を、20代30代の内に確保しておくべきだった。でも、やりそこなった。

文学部生は保険として教職課程を履修して教員免許を取る者が多いのに、そうしなかった。運転免許を取ったのも卒業後だった。バイト代を100万円くらいMac関連に注ぎ込んでいたのに、ジョブズ復帰前のアップルがドン底だった時に株を買えるだけ買っておくという発想が無かった。

プログラマーの仕事は徹夜・終電・休日出勤が当り前で、しかも開発ツールがドマイナーだったので、丸10年働いても汎用的なスキルは大して身に付かなかった。身も心も疲弊しきって退職した時点で1000万あった貯金は、2年半働かず頻繁に海外をふらつくことで使い果たした。

そして、迷走の日々が10年以上続いて、現在に至っている。学生時代から積み上げてきた語学力は人並み以上にあるけれど、それだって仕事で使えるようなレベルではない。振り返ってみれば、後悔の念ばかりが募る。

やりたいことは明確だけれど、やるべきだったことは、ことごとくやりそこねた。社会人になってからはストレス過剰な日々ばかりで、三十にして親元を離れて独り暮らしを始めてからはQOLが下がり続け、四十になっても惑い続けたまま身体は衰え、人生の最終コーナーに突入した。あと10年生きられる自信すら無い。

いわゆる成功者というのは、やりたいこととやるべきことを若い内に明確にできて、なおかつ実践できるからこそ成功するのだろう。藤井聡太、しかり。大谷翔平、しかり。

考えてみれば、そもそも「五十にして天命を知る」と言った孔子は、存命中に世俗的な成功を収めていたとは言い難い。政治的実権を握りそこね、長きに渡って諸国流浪を強いられ、高弟や息子に先立たれた。

五十にして天命を知るのでは、遅すぎる。

Pocket