とりあえず、冒頭に「War-Gamers Advent Calendar 2020」へのリンクを張っておく。
人生最初の海外旅行が、よりによって、これだった。加えて、大阪と北海道のハーフとして生れ育ち、冷戦末期の1980年代が小中学校時代と重なったことなどにより、その頃から朝鮮戦争に関心を寄せていたことは、以前にも触れた。そして、短期間ではあるもののインドやベトナムでも働いた。
そうしたことから、21世紀に入って以降、経済発展著しいアジアにおける卓上ウォーゲーム事情を調べるようになったということは、以前にも振り返っている。2009年から2010年にかけては、アジアの卓上ウォーゲーム活動を実際に見聞きするために、香港へ行き、ソウルへ行き、台北へ行き、シンガポールへ行き、再び台北へ行き、マニラへ行き、北京へ行った。
あれから、10年経った。台湾のウォーゲーム専門誌「戰棋」に寄稿したり、記事の総目録を作ったり、付録ゲームのルールを日本語に訳してBoardGameGeekで公開したりしながら、引き続き、アジアにおける卓上ウォーゲーム関連の情報を収集してゆき、Facebookや新浪微博で発信してきた。日本語でも同様の内容を1ヶ月毎にまとめていて、このブログのカテゴリー「亜州卓上戦棋定点観測」で2011年からまるまる10年分記録しているが、全部読むのは大変なので、10年の節目を機に要約してみて、それに加えて2020年代はどうなるのか、予測を提示することにした。
……が、2010年代の回顧と2020年代の展望の前に、その前史として、一口にアジアの卓上ウォーゲームと言っても、1970年代からウォーゲームがプレイされてきた地域とそうではない地域とに大別されることを、まず、指摘しておく。
軍人が行う兵棋演習とは異なる「民間人のホビーとしてのウォーゲーム」は、19世紀にイギリスで誕生したミニチュアウォーゲームと、1950年代にアメリカで誕生したボードウォーゲームとに大別されるが、こうしたウォーゲームはイギリスの模型メーカー、エアフィックスが1970年代に模型雑誌「Airfix Magazine」誌上でミニチュアウォーゲーム関連の記事を掲載したことをきっかけに、欧米以外にも広まっていった。
アジアにおいては、英国領の国際貿易港として発展してきた香港とシンガポールが、これに該当する。日本の場合、英語という言語の壁があったわけだが、国内の模型雑誌「ホビージャパン」が1972年にミニチュアウォーゲーム関連の記事を掲載したことによって、日本にもウォーゲームが広まっていった。
このため、香港とシンガポールでは日本と同様、1970年代からウォーゲームがプレイされてきたのだが、大きな相違点もある。香港とシンガポールでは1970年代から現在まで一貫して、ミニチュアウォーゲームもボードウォーゲームも平行してプレイされてきたのに対し、日本ではホビージャパンが1974年にアバロンヒルのボードウォーゲームの輸入販売を始めて以降、なぜかミニチュアウォーゲーム推しからボードウォーゲーム推しに方針転換してしまい、それによって、1980年代前半まで、日本でウォーゲームと言えばほぼボードウォーゲーム一辺倒になってしまい、現在でもミニチュアウォーゲームはボードウォーゲームよりも更にマイナー扱いされてしまっている。実はこれ、世界的に見てもかなり珍しい現象なのだが、大抵の日本人ウォーゲーマーはこのことに気付いていない。
前史の話はここまでで、ここからは21世紀の話。21世紀に入って以降、香港とシンガポール以外の、つまり1970年代の卓上ウォーゲーム隆盛期をリアルタイムでは経験していない地域で、新たに卓上ウォーゲームが盛り上がってきている。とりわけ、2010年代は台湾と中華人民共和国がツートップとして挙げられる。
アジアで出版されてきた卓上ウォーゲームの目録を作って、ウィキで「亜州卓上戦棋型録」と題して公開しているが、このデータを元に、21世紀に入ってからの日本とアジアの主要な卓上ウォーゲームメーカーによる年間出版点数をグラフ化すると、こうなる。
2010年代後半に入ってから、中華人民共和国での出版点数がぶっちぎりで伸びている。このグラフからは省いた中小メーカーも含めれば、ウォーゲームを出版しているメーカーは既に10を超え、年間出版点数の合計では既に日本を追い越してしまっている。正直、こういう事態になるのは2020年代と予測していたが、甘かった。
家電製品や宇宙開発やソシャゲで起きたことと、全く同じことが、起きてしまったのだ。
公式サイトを持っているメーカーが少なく、そのためエラータやQ&Aが集約されてなく、アフターサポートの点ではいまだ日本や台湾のメーカーよりも劣るとはいえ、量の面では既にアメリカに次ぐ世界第二位の地位に就いてしまっている。
メーカーの公式サイトや個人のブログが少ない反面、掲示板での投稿は活発で、百度貼吧の「兵棋研究所」ではレビューやリプレイ、ルールやおすすめゲームに関する質問が毎日のように投稿されている。ビリビリ動画にもレビューやリプレイが頻繁に投稿されていて、「兵棋」で検索すればいくらでも出てくる。多くのゲームはクラウドファンディングサイト「摩点」で資金を集めていて、常に続々とラインナップが控えている。そして、(ホビーとしてのウォーゲームとはちょっと異なるが)大学で軍事訓練が義務化されていることもあってか、全国の大学対抗によるウォーゲーム大会も毎年開催されている(公式サイトで宣伝映像も見られる)。人民解放軍の退役将校や現役将校によるウォーゲームの解説書も複数出版されている。
加えて、中華人民共和国の卓上ウォーゲーマーは、1970年代の卓上ウォーゲーム隆盛期を知らないどころか、そもそもそれ以降の生れで、若い。にも関わらず、1970年代のゲームも貪欲にプレイして自家薬籠中としている。SPIが1976年に出版した「Firefight」を2000年代からプレイしていて2019年にライセンス出版しているし、同じくSPIが1978年に出版した仮想戦ビッグゲーム「Objective Moscow」を2017年にプレイしていて、同じテーマでコンポーネントとプレイ時間をコンパクト化した「輻射塵:蘇聯末日」を2019年に出版している。
こうした事例を見るにつけ、日本の卓上ウォーゲーマーが1990年代以降、新規のウォーゲーマー獲得のためと称して行ってきた様々な試みは、実は根本的に間違っていたんじゃないか、という気にならざるを得ない。人口が10倍違うということを差し引いても、コンピューターゲームが擡頭してきた後に生れてきた若い世代が、自分の誕生前に出版されたゲームですら実際このように楽しんでいるのだ。日本の卓上ウォーゲーマーは、卓上ウォーゲームというものの魅力の伝え方を、ずっと間違え続けてきたのではないのだろうか。
こうした若い世代が、なぜ、コンピューターウォーゲームではなく、あえて卓上ウォーゲームを選んだのか、その理由を虚心坦懐に聞き取らなければ、今後も日本で新規の卓上ウォーゲーマーは大して増えることなく、相変らず1960年代後半生れのバブル世代だけが極端に多いいびつな年齢分布の構造が続くことになると断言しておく。今これを読んでいるお前、お前のことだ。お前のようなバブル組が卓上ウォーゲームに限らず、一事が万事、バブル崩壊後も惰性で従来のやり方を続けてきたから、こんなことになってしまったんだ(俺のような就職氷河期組が卓上ウォーゲームにおいてもバブル組の割を食ったことは既に書いている)。日本のすぐ近くでこんなことが起きていたなんて、どーせ今の今まで知らなかったんだろ?
アメリカのメジャーな卓上ウォーゲーム出版社の年間出版点数をグラフ化してみても、卓上ウォーゲームが今、第二の黄金期を迎えていることは明白だ。しかし、明らかに日本はその波に乗りそこねている。二十年一日のごとく、斜陽だの絶滅危惧種だのと言ってる奴はこうした現実が見えていない。見ろ!これが2020年のげ・ん・じ・つ・だ!
台湾と中華人民共和国の擡頭の他に、2010年代のアジアの卓上ウォーゲームに関して特筆すべき事項を挙げると、LCCの普及によるオフラインでの国際交流の増加が挙げられる。香港やシンガポールのベテランウォーゲーマーが、割と頻繁に家族旅行で来日していて、その際にイエサブで日本のウォーゲームを買っているのだ。台湾や中華人民共和国の若いウォーゲーマーの場合、イエサブの他にゲムマでもウォーゲームを買っている。加えて、ASLのアジア太平洋トーナメントが開催されるようになり、日本以外のASLerがお互いに行き来するようになった(開催地は、2014年がシンガポール、2016年がマニラ、2017年がカンボジアのシェムリアップ、2019年が再びシンガポール)。これも、日本ではほとんど知られていない。
さて、2010年代の回顧はここまでで、ここからは2020年代の展望。2020年代のアジアでは、更にふたつの国で卓上ウォーゲームが盛んになると予想できる。それは、「フィリピン」と「インド」。
フィリピンとインドは、どちらも経済発展著しいだけでなく、「英語が公用語」「留学や出稼ぎでアメリカ在住者が少なくない」「人口が増加中で若者が多い」という点が共通している。そのため、英語圏の企業が自社製品を翻訳の手間なしで売り込める二大新興市場だと言える。卓上ウォーゲームに関しても、アメリカで開催される卓上ウォーゲームのイベントに在米フィリピン人が結構参加していてFacebookで報告しているのだ。インド人の卓上ウォーゲーマーは存在が確認しづらいが、しかし、ユーロゲーマーもプレイするベストセラー冷戦ウォーゲーム「Twilight Struggle」の共同デザイナーであるAnanda Guptaは、名前からして明らかにインド系だ。そして、マニラやムンバイにはボードゲームのショップもカフェもサークルも既にある。
アメリカのGMT Gamesは、さすが卓上ウォーゲーム出版の最大手なだけあって、ちゃんと先手を打っている。911以降、アメリカでウォーゲームのトレンドになっている対反乱作戦をテーマとしたCOINシリーズの最新作が「Gandhi」と「People Power」なのは、つまり、そういうこと。
逆に、日本は既に1回、そうしたチャンスを逃してしまっている。「ゲームジャーナル」第24号の付録ゲーム「レイテ湾強襲」の英語版がアメリカのMulti-Man Publishingからライセンス出版されるという話が一時期あったが、結局これが取り止めになった時、少なからぬフィリピン人ウォーゲーマーが残念がっていたのだ。
今年、関西で開発が進んでいたOCSルソンこと「Luzon: Withdraw to Bataan」もフィリピン人ウォーゲーマーの間で話題になっていて、「1945年シナリオもあったらいい」という感想が出ている。フィリピン人ウォーゲーマーはCompass Gamesの「Bataan!」や「Breaking the Chains」といったご当地ゲームもプレイしているのだが、実は「コマンドマガジン」第110号の付録ゲーム「Crisis Now: 尖閣ショウダウン」も持っていて、ルールの英訳を依頼してきたこともある。
既に国産ウォーゲームのルールもいくつか英訳してBoardGameGeekで公開していたものの、タダで引き受けるにはさすがにテキストの分量が多すぎて、結局見出しと目次と最初の1ページで断念してしまった。しかし、上海の戦鼓遊戯が今年ライセンス出版したので、香港人ウォーゲーマーが英訳してくれるかもしれない。英語ネイティブだし、同じデザイナーが同人出版した「竹島ショウダウン」もプレイしてたし。
ゲームジャーナルでは現在、「レッドサン・ブラッククロス」のリメイク作業を進めている真っ最中だが、これは英文ルールも用意した上で出版すればインドでもウケる可能性は十分、ある。逆に、このチャンスも逃してしまうようでは、日本とアジアの断絶は続き、日本は今よりも更に新興国の後塵を拝することになってしまうだろう。英文ルールを用意したり、英語で情報発信することの重要度は、今後ますます高くなる。
こうした断絶をブチ破るため、日本とアジアの卓上ウォーゲームに関する英語での最新情報を、これまではFacebookで発信してきたが、もっと発信力を高めるため、2021年からはTwitterに移行する。既にアカウントも取得した。
団塊もバブル組も、欧米以外の後進国をずっとナメてきていた。そのツケが今、至る所で回ってきている。技能実習生問題なんて典型だ。就職氷河期組だけでなく、新興国からの事実上の移民をも、こいつらは安くコキ使ってきた。
このままズルズルと没落するなんて真っ平御免だ。ガンガン海外に打って出てやる。何が斜陽だ!何が絶滅危惧種だ!絶滅するのはそんな繰り言ばかりのクソ老害のみで十分だ!巻き込まれてたまるか!
「世代の断絶」「ウェブの断絶」と続いた、日本の卓上ウォーゲームの断絶トリロジー(最初から狙っていたわけではないが、結果的にそうなった)は、これで一応、おしまい。
追記
日本の卓上ウォーゲーマーはいまだにスマホもSNSのアカウントも持っていない、アンテナがクッソ低い者が少なくないが、シンガポールの卓上ウォーゲーマーのFacebookグループに面白い投稿があったので、スクショを撮って紹介する。
中華人民共和国でライセンス出版された日本のウォーゲーム(ゲームジャーナルの「日清戦争」とボンサイ・ゲームズの「大東亜共栄圏」、そして国際通信社の「PQ-17船団の壊滅」と「突入!?レイテ湾」)をシンガポール人が淘宝で購入する。これが21世紀のアジアだ。