世界中で、何十億もの人々が、パソコンやスマホやタブレットといった個人用のコンピューターを所有して、日常的に使うようになって既に久しい。
このような、個人で使うコンピューターというものは、20世紀の後半に、主にアメリカで育まれてきた。ゆえに、コンピューターに関連した文化もまた、アメリカの文化の影響を強く受けている。Mac OS Xよりも古い、いわゆるクラシックMac OSでゴミ箱のアイコンのモチーフが、金属製で蓋が付いている、アメリカでよく使われるタイプのゴミ箱だったことは、その典型だろう。
日本では今やコンピューター以外の分野でも広く使われるようになった「フラグ」という言葉もまた、アメリカの文化から来ている。アメリカの何の文化かというと……郵便だ。
アメリカの(一戸建て住宅用の)郵便受けというと、1メートルくらいの高さの柱で支えられたカマボコ型のものが典型的なものとして挙げられるが、こうした郵便受けは玄関と道路の間に設けられた芝生の庭の、道路側の端っこに立てられている。そして、このタイプの郵便受けには、小さな旗が取り付けられている。
郵便局員が配達で巡回してきて、郵便物を郵便受けに入れると、この小さな旗を立てる。すると、何か郵便物が届いたということが、家の中にいても窓越しに確認できる。逆に、何か郵便物を送りたい場合も、送りたい郵便物をわざわざ郵便局やポストまで持って行くのではなく、自宅の庭先にある郵便受けに入れておいて、小さな旗を立てておく。すると、集荷で巡回してきた郵便局員が、小さな旗の立っている郵便受けから郵便物を持って行く。つまり、「郵便受けの中に何か郵便物が入っている」という条件が満たされると、フラグが立つのだ。
一部の(というよりは昔の)メールソフトで、受信メールの一覧で未読のメールを示すアイコンとして旗のアイコンが使われているものがあったのは、ここから来ている。更に、コンピューターで何か特定の処理を実行するか否か条件分岐するためのデータを入れておくブーリアン型の変数をフラグと呼ぶようになった。もっとテクニカルな言い方をすれば、真(true)の値が入っていたりいなかったりするブーリアン型の変数を、郵便物が入っていたりいなかったりする郵便受けに見立てたのだ。そしてそこから、何か特定の処理を実行するための条件が満たされることを「フラグが立つ」と表現するようになったのだ。
アメリカ人でなければ、こうしたアメリカ固有の郵便文化には気付きにくい。そしてそれゆえ、フラグをなぜフラグと呼ぶのかという理由にも、それがアメリカ固有の文化に基づいているということにも気付きにくい。