※警告:ものすごく長文になってしまったので覚悟して読むこと。加えて「亜州卓上戦棋概説」が未読の場合そちらを先に読むこと。
前口上
とりあえず、冒頭に「War-Gamers Advent Calendar 2023」へのリンクを張っておく。
日本の卓上ウォーゲーム界隈は1990年代初頭に国内市場が一旦壊滅状態に陥ってしまい、それから30年の歳月を費やして一応それなりの市場規模を回復するに至ったが、その過程でインターネットが果たした役割は少なくなかった。
1990年代後半にパブリッシャーやウォーゲーマー個人がホームページを作るようになり、2000年代からはブログやウィキで、そして2010年代からはSNSで卓上ウォーゲームの情報が日本語で発信されることが増えた。
しかし、動画コンテンツに関しては、海外のパブリッシャーやウォーゲーマー個人、そして国内のユーロゲーム界隈と比較してみると、未だに著しく発信頻度が低いと言わざるを得ない。
これは、国内の卓上ウォーゲーマーの(1967〜68年生れを中心とした)ボリュームゾーンが1990年代後半のナローバンド時代、テレホタイムに10分も20分もかけてエロ画像1枚をダウンロードしていた経験がアダになって動画のようなリッチコンテンツ作りに対応できてないから、と考えられる(ブログでも解像度の低いちっこい画像を少ししか上げていないことが少なくない)。
加えて、このボリュームゾーンは(Facebook以前の)匿名・顔出しNGなネット文化に触れていた期間が長く、声出しすらダメということでポッドキャストも極めて少ない。結果、日本の卓上ウォーゲーム関連の動画は元々の本数が少ない上に半数以上が声無し、もしくはゆっくり動画のような合成音声が占めている。
では、海外の卓上ウォーゲーム関連の動画は一体どんなものが発信されているのか、というと、YouTubeに関しては既に「BANZAIマガジン」で紹介記事が連載されているので、同じことを繰り返すのは芸が無い。やはりここは、アジアの卓上ウォーゲームの事情通として、ビリビリ動画を紹介するのがスジだろう。
中華人民共和国では2000年代後半から現在に至るまで、インターネットでの卓上ウォーゲームに関する情報発信は電子掲示板が占める割合が多く、ブログもSNSも使用頻度は高くない。そこに2010年代後半からビリビリ動画が割って入るようになった。
2018年までは多くても月に10本前後の投稿で0本の月も少なくなかったが、2019年には毎月コンスタントに10〜20本程度が投稿されるようになり、2020年のコロナ禍を機に毎月50本前後に倍増して、2022年には毎月60本以上、そして春節・中秋節・国慶節の連休を含む月には100本以上が投稿されるようになった。
2023年はコロナ明けで投稿数は若干減ったものの、レビューやリプレイは主にビリビリ動画へ投稿されるようになり、電子掲示板への投稿はルールの疑義やおすすめのゲームや翻訳ルールの在処を尋ねるといった質問の類が多数を占めるようになっている。
ビリビリ動画で「兵棋」で検索すると、ウォーゲーム関連の動画がゴッソリと出てくる(余談だが、「wargame」の 訳語は台湾や香港では「戰棋」が一般的だが、中華人民共和国ではもっぱら「兵棋」が使われている)。デフォルトでの並び順は再生数・コメント数・弾幕数などを元にした「綜合排序」だが、「最多播放」をクリックすれば再生数が多い順に、「最新発布」をクリックすれば投稿日時の新しい順に、「最多弾幕」をクリックすれば弾幕が多い順に並べ替えられる。
このブログの「亜州卓上戦棋定点観測」で1ヶ月毎にまとめて紹介しているビリビリ動画の投稿は、この「兵棋」で検索をかけて「最新発布」で投稿日時の新しい順に並べ替えたものを元に個々の動画を紹介しているのだが、何でもかんでも無条件に採用しているわけではない。
まず、PCウォーゲーム関連の動画は基本的に除外している。例えばCMOこと「Command: Modern Operations」やCMANOこと「Command: Modern Air / Naval Operations」、「Flashpoint Campaigns」シリーズや「Graviteam Tactics」シリーズ、(SPIじゃない方の)「War in the East」や(オスプレイのミニチュアゲームじゃない方の)「Field of Glory」、SGSことStrategy Game StudioのタイトルやWDSことWargame Design Studioのタイトル、そして「Unity of Command」やドルフロこと「少女前線」のリプレイ動画も多いが、基本的に除外している。
次に、プロフェッショナルウォーゲーミング関連の動画も基本的に除外している。特に台湾海峡有事シミュレーション関連の報道の動画が多いけれど、これも基本的に除外(むしろ見てみたいという人は「兵棋推演台海」で検索)。
それから、(あまり多くはないけれど)YouTubeの動画を無断転載したもの(大抵は英語の動画に支那語訳の字幕を付けている)もあったりするので、これも除外。
そして、1分前後のショート動画も基本的に除外している。TikTokじゃあるまいし、そんなものまで紹介していたらキリが無い。
逆に言うと、これだけ何重にもふるいにかけてもなお、1日平均2本以上の動画が投稿されているのだ。
こうして、ふるいにかけまくった動画を「亜州卓上戦棋定点観測」で紹介しているのだが、現在、ビリビリ動画側が埋め込み動画をデフォルトで自動再生する設定にしている。解除方法が無いか調べてみたが、残念ながら見つかっていない。
ただでさえ埋め込み動画が何十件もあるとページの読み込みに無茶苦茶時間がかかるのに、それらが一斉に自動再生されてしまうのには閉口する。この自動再生が無くなるまでは埋め込み動画ではなくリンク付きのプレビュー画像を表示するように書き換えることも考えたが、今から既存分を全部手作業で書き換えるのはクソ面倒くさい。そこで個々の埋め込み動画の元ページをウェブスクレイピングしてプレビュー画像のファイル名とパス名を取得して、埋め込み動画→リンク付きプレビュー画像に一括書き換えを実行するPHPスクリプトを試しに作ってみたのだが、何故か取得したHTMLファイルが文字化けしまくっていて解決に至っていない。
そんなわけで、本稿では最近までビリビリ動画に投稿されたウォーゲーム関連動画から独断と偏見で厳選したものを、(クソ重たくなる上に一斉に自動再生されてしまうのを防ぐため)最初から埋め込み動画ではなくプレビュー画像を付けて紹介することにした(画像をクリックすると元の動画のページに飛ぶ)。前置きが無茶苦茶長くなってしまったが、ここからが本題。
「ドイツ戦車軍団」meets人民解放軍
まず、一発目にぶちかますのは、これ。
これは、人民解放軍の火箭軍工程大学で開催されているウォーゲーム大会「箭聖杯」でプレイされている「ドイツ戦車軍団」。
支那語では本来、誘導装置の無いロケット弾を「火箭」、誘導装置のあるミサイルを「導弾」と呼ぶのだが、火箭軍そのものはミサイルを運用する独立軍種で、火箭軍工程大学はミサイルの開発・運用に関する教育研究機関として2017年に陝西省西安市で開学した。
で、なんでそんな所で日本のボードウォーゲームである「ドイツ戦車軍団」が?ということだが、話は10年前に遡る。
去年にも少し書いたことだが、2010年代に日本の卓上ウォーゲームの現状と来歴を海外へ発信することを考えるようになり、その一環として、2013年に「ドイツ戦車軍団」(ジャパン・ウォーゲーム・クラシックス版)のルールの英語訳と支那語訳と朝鮮語訳を作ってPDFファイルをBoardGameGeekで公開した。
すると、JWC版を個人輸入した人がバイドゥの電子掲示板でレビューやリプレイを投稿するようになった(確認できる最も古い投稿は2014年7月)。
そして2017年には北京の戦旗工作室が正式にライセンス出版を始めた(JWC版に収録されている「エル・アラメイン」「ダンケルク」「ハリコフ攻防戦」「コンパス作戦」をそれぞれ単体のゲームとして個別に販売)。そのため、現在では中華人民共和国においても「ドイツ戦車軍団」は陸戦作戦級の入門用ゲームとして広くプレイされている。もちろん、ビリビリ動画にもレビューやリプレイやインストが頻繁に投稿されている。
战棋《哈尔科夫攻防战》开箱,以及聊聊德国坦克军团三部曲 | 航仔的桌游play77
ちなみに、冒頭の火箭軍工程大学では教育目的ということもあって、第三者が観戦しやすいように戦旗工作室版の地図盤と駒を拡大したものが使われている。
それと、これは全くの余談だが、韓国では先月、つまり2023年の11月になってようやく、ボードゲーム専門サイト「ボードライフ」でレビューの初投稿があった。十、年、お、せ、え。
楊南征
初っ端から強烈なものをぶちかましてしまったが、このような中華人民共和国における卓上ウォーゲームの隆盛について語る場合、欠くべからざる人物がいる。それが、楊南征。
バイドゥ百科の解説によると、楊南征は湖北省沔陽県(現在の仙桃市)を祖籍として北京に生まれ、1968年に人民解放軍に入伍、作戦参謀・作戦副処長・副団長・師副参謀長・集団軍指揮自動化弁公室主任・軍事科学院研究員・中国指揮与控制学会兵棋推演専業委員会首席専家・全国大賽総導演兼総裁判長を歴任し、団・師・集団軍・戦略区の演習を10回余り指導、2003年にアメリカのSCUPS(Southern California University for Professional Studies、現在のCalifornia Southern University)で工商管理の博士号を獲得し、現在の肩書きは南征兵推(北京)信息技術研究院院長・北京方円奇正数碼科技有限公司首席科学家・兵棋設計総師。
1980年に全軍戦略予備隊戦略機動計算機模擬プログラムを書いて、1983年に南京陸軍指揮学院軍事籌学専攻を卒業して軍事学の学士号を獲得、1983年〜1986年に「歩兵団快速指揮系統」「分隊指揮模擬系統」「集団軍戦役模擬訓練系統」「集団軍戦役決心評估軍事専家系統」などのソフトウェアを開発して軍隊科技進歩賞など数多くの賞牌を獲得し、軍のコンピューター指揮と訓練の先導者になった。1993年に「中国兵棋沙龍(サロン)」を設立し、1994年に中華人民共和国で最初のオリジナルPCゲーム「神鷹突撃隊(Magic Eagle)」を独自に開発したことで、業界における第一人者となった。2003年に愛億爾国際遊戯開発院を設立して、2004年にIGDA(国際ゲーム開発者協会)北京分会の設立に協力。
1986年に専攻論文「智能軍隊」を発表、1989年に「解放軍報」で論文「兵与棋」を連載して国内向けに初めてウォーゲーミングの原理と戦争への応用史を紹介、1993年〜2003年にPCゲームを16作デザインして、その中から「八一戦鷹」「鴉片戦争」「長征」「成吉思汗」など13作を発売、並行して100万字余りのゲーム論文を発表して、国内最初のPCゲーム専門書「遊戯之王:縦横電脳遊戯世界」に「家用電脳与遊戯」を寄稿。
そして、2006年には過去20年間に国外のウォーゲーム100種余りを翻訳・解読してきた経験を元に「四渡赤水」「淮海戦役」「海湾戦争」などのボードウォーゲームをデザインして、2007年に一般向けのウォーゲーミングの解説書「虚擬演兵:兵棋作戦模擬与仿真」を出版した(BGGにもゲームデザイナーとしての情報が登録されている)。
……というわけで、軍・民の垣根を越えてウォーゲーミングに関する知識の普及に努めてきた人物で、いわばダニガン先生みたいな人、ということは一昨年にも少し書いたが、2021年にビリビリ動画にチャンネルを開設していて、やはりウォーゲーミングに関する動画を投稿している。
日露戦争や第二次世界大戦に兵棋演習が与えた影響を解説したり……
兵棋推演的高光时刻:美国德国日本英国,谁的兵棋推演技高一筹?
アメリカがウォーゲーミングによってどのように覇権を成し遂げたのかを解説したり……
囲碁や将棋の盤面解説のように、「Gulf Strike」を使って湾岸戦争を解説したり……
ウォーゲームは「大富翁(モノポリー)」ではない!と、ウォーゲームに関するありがちな誤解を解いてみたり……
SPIの「Firefight: Modern U.S. and Soviet Small Unit Tactics」を合計3時間以上に渡ってインストしたり……
最も読むに値するウォーゲーミングの専門書としてダニガン先生の「How to Make War」(日本語版は1984年に河出書房新社から「戦争のテクノロジー」という邦題で出版)など三冊の英文書を紹介したりしている。
このように、中華人民共和国における卓上ウォーゲームの隆盛に楊南征が与えた影響は極めて大きい。2019年に浙江省寧波市の千伏工作室が「Firefight」を正式にライセンス出版したのだが、1976年という40年以上前に出版されたゲームがわざわざ再版されたのは、楊南征が2000年代から「虚擬演兵」などで紹介していて、実際に元の英語版を入手した人のレビューやリプレイが頻繁に投稿されていたから、と言える。
日本の卓上ウォーゲーム界隈でダニガン先生を知らない人はほとんどいないだろうが、逆に楊南征はほとんど知られていない。しかし、中華人民共和国で2010年代後半に卓上ウォーゲームの商業パブリッシャーと年間出版点数が一気に増えて、日本を追い越してアメリカに次ぐ世界第2位の市場に急成長してしまった今、その存在はもっと知られるべきだろう。
それと、これは全くの余談だが、韓国では1995年にLGが「神鷹突撃隊」のライセンスを取得して韓国でも販売していたのだが、楊南征はもちろんのこと、ダニガン先生の著書も訳書が一冊も無い。一般向けのウォーゲーミングの解説書は2013年に「게임 이론과 워게임(ゲーム理論とウォーゲーム)」が出たくらいで、書評も見当たらない。
北京戦棋党
中華人民共和国の民間の卓上ウォーゲーム界隈にとって黎明期だった2000年代後半、楊南征と同じく大きな影響力を持っていたのが「北京戦棋党」だった。
2005年に北京で3人のボードゲーマーが「Diplomacy」のプレイを始めて、翌2006年に「北京卓上遊戯和戦棋倶楽部」が結成され、2007年にはウォーゲーム大会を開催したり「中国国防報」の取材を受けたりするようになった。そして2008年にアブストラクトゲーム専門グループの「北京卓遊社」とウォーゲーム専門グループの「北京戦棋党」に発展・分岐した。
北京戦棋党は公式サイト(電子掲示板)を開設して、ほぼ毎週末に開催される定例会の告知と報告を投稿したり、メンバーが個人輸入したウォーゲームのルールを翻訳したり、コンポーネントをDTPでローカライズしたりして、黎明期における全国的な卓上ウォーゲーマーの増加に寄与した(2010年に定例会を2回訪問した)。
残念ながら、コロナ禍では活動休止を余儀無くされ、公式サイトも(元々サーバーが落ちやすかったのだが)閉鎖中で、インターネットアーカイブでもバナーなどの画像が残っているのは2013年8月分が最後だったりする。
しかし2022年に、代表者を長年務めているwaffenssこと韓肇鵬がビリビリ動画にチャンネルを開設して、コロナ禍以前の活動記録の投稿を始めた。
北京战棋堂2013年6月11日诺曼底战役69周年纪念军装兵棋推演纪实
北京战棋堂2014年甲午战争120周年纪念黄海海战大型兵棋推演纪实
北京战棋堂2017年古战模型兵棋《荣耀战场》蒙古西征年度大型推演纪实(下)
定例会の記録だけでなく、外部のミリタリーイベントにメンバー総出で参加した時の記録も投稿している。
そして今年の国慶節連休の後、遂にコロナ明けのプレイ報告が投稿された。しかもテーマはWarlord Gamesのミニチュアウォーゲーム「Pike & Shotte」シリーズの「Feudal Japan 1467-1603」を使った戦国時代の(架空の)美濃攻略戦で、再生時間は2時間半!
北京战棋堂2023年十一长假日本战国模型兵棋年度大型推演纪实!
そんな長いの見てらんない、という人が少なくないだろうが、写真入りのテキスト版も投稿されている。
中華人民共和国の卓上ウォーゲームを語る上で、北京戦棋党は極めて重要なサークルであるのにも関わらず、その具体的な活動記録がネットで確認しづらい状態が長年続いていたのだが、これで多少は改善されたと言える。
それと、これは全くの余談だが、韓国では定例会を開催するウォーゲームクラブが首都ソウルにすら無く、2023年になってようやく、ソウル(や全羅北道全州市や大田広域市)で定期的に「ウォーゲームキャンプ」が開催されるようになった。十、五、年、お、せ、え。
全国兵棋推演大賽
ここまで見てきた感じだと、中華人民共和国におけるウォーゲーミングは軍・民の垣根が低いという印象だが、それもその筈で、元々、中学・高校・大学では毎年9月に新入生が2週間ほど軍事訓練、通称「軍訓」を受ける(特に大学では単位に含まれているので必修)。
それゆえ、全国の大学対抗によるウォーゲーム大会も2017年から毎年開催されている。それが、「全国兵棋推演大賽」。
毎年、8月〜10月に地区予選が、11月・12月に全国レベルの決勝トーナメントが実施されていて、大会の予告や式典や対戦中の様子などはビリビリ動画にも投稿されている。個々の対戦では北京の華戍防務技術有限公司が開発したPC用シミュレーションウォーゲーミングシステム「墨子・聯合作戦推演系統」のネット対戦版である「墨子・未来指揮官系統」が使われている。大会の総監督兼審判長は、楊南征。
つまり、PCウォーゲーミングではあるのだが、「全国の大学対抗によるウォーゲーム大会」というのは恐らく他国には無いものと思われるので、「亜州卓上戦棋定点観測」でも都度都度紹介している。
【国防教育战术兵棋对抗系统】首届全国大学生兵棋推演大赛淘汰赛 四强赛
アメリカでも、1970年代から民間の商業ボードウォーゲームのデザイナーがプロの軍人と交流したり、軍の演習で商業ボードウォーゲームが使われたりしていて、近年では大学で戦史を専攻する学生がデザインしたボードウォーゲームが商業レベルで出版されたりもしているが、中華人民共和国がこのような活動で猛烈な追い上げを図っていると言えるだろう。
日本でも、卓上ウォーゲームを嗜む自衛官は少なくはないものの、全国各地の大学で1980年代に設立された「シミュレーションゲーム研究会」のほとんどが現在ではTRPGやTCGやユーロゲームのサークルになってしまっているので、後塵を拝してしまっている感は否めない。
それと、これは全くの余談だが、韓国では2015年に陸軍が地上軍フェスティバル(毎年、忠清南道鶏龍市の陸海空三軍統合本部で開催している文化祭)で、隣接する大田広域市のウォーゲーマーが活動を紹介するために出展を申し入れてきたのを断った一方で青少年ゴルフ大会を開催した。どうやらウォーゲームよりもゴルフを民間人に普及させたいらしい。
PnPゲームとハガキゲーム
2010年代前半まで、中華人民共和国ではボードウォーゲームを取り扱っている店が少なく、個人輸入をしたり香港や日本の店から購入する人もいたものの、ハードルが高かった。そのため、ネットでタダでダウンロードできて自分で印刷するPnP(プリント・アンド・プレイ)のウォーゲームに関する情報や翻訳ルールが電子掲示板で共有されていて、プレイ頻度も高かった。そして当時、「Napoleon at Waterloo」や「Valor & Victory」と共に頻繁にプレイされていたPnPウォーゲームが、「日本機動部隊」。
またしても日本のボードウォーゲームなのだが、1980年代のベストセラーな上に何度も再版されているからか、2009年に発売されたジャパン・ウォーゲーム・クラシックス版では全てのコンポーネントのデータが公式サイトでダウンロード可能になっている。そのため、2010年代初頭の時点で有志による支那語訳ルールが作られていて、PnPのリプレイが電子掲示板で頻繁に投稿されていた(バイドゥの電子掲示板で確認できる最も古い投稿は2013年10月)。
2019年には天津の極光遊戯工作室が正式にライセンス出版したのだが、元々PnP版が頻繁にプレイされていたのがライセンス出版を後押しした、と言えるだろう。
そして、国内のパブリッシャーや小売業者が増えた後も、ハガキサイズのミニゲームが低価格で販売されていたりボックスゲームにオマケで付いていたりしている。
特にハガキゲームの出版に熱心なのが北京の戦旗工作室で、大阪の国際通信社が「コマンドマガジン」の定期購読者やゲムマ出展時の来訪者などに度々無料配布しているハガキゲームの大部分を正式にライセンス出版している。
ビリビリ動画でも、そうしたハガキサイズやPnPのウォーゲームのリプレイが頻繁に投稿されている。
单人明信片兵棋 美日舰队的对决:萨马海战 规则讲解与推演实况1
何事も、いきなり未経験のものに大枚をはたける人は多くはない。何かを普及させるにあたって、低コストで入手できる「試食品」は欠かせない。現在の中華人民共和国における卓上ウォーゲームの隆盛も、そうした試食品の豊富さが大きく関わっていると言えるだろう。
それと、これは全くの余談だが、韓国では小売店でのボードウォーゲームの品揃えが極めて悪い上に、PnPウォーゲームの情報も全く共有されてなく、プレイもされていない。2012年にJWC版「日本機動部隊」のルールを翻訳してテキストファイルを公開したのだが、現在に至るまでプレイ報告は見当たらない(元々、韓国では卓上ウォーゲームのレビューやリプレイは陸戦もの偏重で海戦・空戦もののプレイ頻度が低いのだけれど)。加えて、コマンドマガジンの公式サイトから無料でダウンロードできるハガキゲームのルールも片っ端から翻訳してウィキで公開したけれど、やはり現在に至るまでプレイ報告はほとんど見当たらない。やるだけ無駄だった。
「Battle for Moscow」Web版
無料配布のウォーゲームというと、古くからの日本人ウォーゲーマーだと「Battle for Moscow」を連想する人が少なくないだろう。1986年にアメリカのGDW(Game Designers’ Workshop)から無料配布され、GDWのボックスゲーム「The Great Patriotic War: Nazi Germany vs. the Soviet Union」にもオマケで付いていたことから日本にも出回り、1996年にはPnP版がネットで公開されて、2001年には「コマンドマガジン」第39号の付録として日本語版も出た。
更に、2009年には(有料の)第二版がアメリカのVPG(Victory Point Games)から発売され、2011年にはGMT Gamesの公式サポート誌「C3i」第25号の付録にもなった(第一版と第二版の差異についてはYSGA(横浜シミュレーションゲーム協会)の公式ブログに詳しい解説が投稿されていて、Club TUBGの公式ウィキには第二版の日本語ルールが公開されている)。
そして、2020年には第二版に準拠した、無料でソロプレイもコンピューターとの対戦も可能な上にパソコンだけでなくスマホでもプレイできるWeb版が公開された。
もちろん、ビリビリ動画でもリプレイ(やインスト)が頻繁に投稿されている。
今年、天津の香蕉卓遊が第二版を正式にライセンス出版したのだが、これもWeb版が頻繁にプレイされていたのがライセンス出版を後押しした、と言えるだろう。
それと、これは全くの余談だが、韓国ではC3i版のインスト映像やPnP版の翻訳ファイルやコンポーネントの自作報告が投稿されてはいるものの、肝心のプレイ報告はWeb版も含めて見当たらない。PnPゲームの件で既に明らかだが、ありとあらゆるカルチャーがカジュアル層の拡大を考慮しない少数精鋭による一点豪華主義で裾野の広がりに欠ける。
モンスターウォーゲーム
PnPゲームやハガキゲームとは真逆の、「巨兽(巨獣)」すなわちモンスターウォーゲームのレビューも、それほど多くはないものの、しばしば投稿されている。
巨兽中的巨兽:需要耗时62天才能推完的兵棋 – 《北非战役:沙漠战争》 – 结巴练朗读
開箱・介紹・戦報・推演
さて、ここで改めてもう一度、ビリビリ動画で「兵棋」で検索した結果のデフォルトの一覧を見てみると、タイトルに「开箱(開箱)」「介绍(介紹)」「战报(戦報)」そして「推演」という単語が入っているものが多いことがわかる。
開箱とはすなわち開封の儀で、雑誌の付録ゲームのような袋入りのものの場合も開箱と呼ばれている(たまに「开袋」と呼んでいることもあるけれど)。
【万事大稽】兵棋开箱⑩⑤《C4KISR 信息化》(朋友的)+抽奖
【兵棋开箱】王冠落地 World WarⅠ1914-1918 兵棋开箱
介紹とはすなわち紹介で、もう少し込み入ったレビューやおすすめゲーム紹介といった内容のものが多い。
【千伏速报10】兵棋新手入门的绝佳组合!迷你战争系列兵棋介绍来啦!
熊啸利爪-胜败咫尺008-08年俄格战争兵棋推演【作品介绍01】
【桌游开箱】东海!新兵棋开箱及配件展示介绍,你说他为啥说明书不是彩色的呢
桌游兵棋: 人民的胜利-淮海大决战。巨兽级淮海战役兵棋。开箱展示介绍
戦報とはすなわちプレイ報告で、対戦かソロプレイかを問わずに使われている。
【单人桌游】二战德空军(被)猎杀B-17轰炸机-兵棋推演战报
そして推演だが、この単語、出てくる頻度がものすごく高い上に、「推演開箱」とか「推演戦報」とか、他の単語とセットで使われることも多く、「兵棋推演」を略した「兵推」という単語もよく出てくるのだが、日本語では使われていない熟語で、しかも字面だけだと意味が想像しにくいので説明が難しい。
「精選版日本国語大辞典」における語義の説明によると、推演(・推衍)とは「意味をおしひろめて他に及ぼすこと」とあるが、今ひとつピンと来ない。ウィクショナリー日本語版での説明によると「推論・演繹」とあり、ウィクショナリー英語版での説明でも、動詞で「deduce / infer / derive」とある。
つまり、ウォーゲームにおける「推演」とは、「これこれこういう条件の下では、どんな結果が生じ得るのか?」を考えること……という風な説明になるかと思うのだが、そうだとすれば、推演という単語を使うウォーゲーマーのウォーゲーム観は、英語圏や日本のウォーゲーマーのそれとはいささか異なるような気がする。
英語圏では、ウォーゲームは「コンフリクト・シミュレーション(conflict simulation)」略して「コンシム(consim)」とも呼ばれている。つまり、(規模の大小を問わない)何らかの衝突の模擬、と定義されている。日本でもウォーゲームは「(ウォー)シミュレーションゲーム」とも呼ばれることが多く、やはり、何らかの闘争を低コストで再現してゲーム化したもの、と認識されていると言えるだろう。
ビリビリ動画のウォーゲーム関連動画でも、タイトルに「模拟(模擬)」という単語が含まれているものは一応あることはあるけれども、「推演」に比べれば使用頻度は低い。それどころか、「推演模擬」という風に組み合わせて使われていることも少なくない。
「模擬/simulation」という単語を使うウォーゲーマーは、ウォーゲームを「戦場での出来事が(実際のそれよりも低コストで)再現されている、戦場の縮小模型」と捉えているのに対し、「推演」という単語を使うウォーゲーマーは、ウォーゲームを「戦場でどんな事が起こり得るのかを考える手段」と捉えている、と言えるような気がする。そして、この違いは意外と大きいような気もする。
教学・講解
レビューやリプレイに次いで多いのが、「教学」すなわちインスト。
「讲解(講解)」という単語が使われることもあるが、こちらは「規則講解」という言い回しで使うことが多く、個々のルールの詳しい解説、というニュアンスが強い。
特にインスト動画の制作に熱心なのが浙江省寧波市の千伏工作室で、ライセンス出版も含めて自社で出版したウォーゲームのインスト動画を公式チャンネルで「千伏説明書」というシリーズ名を付けて40本以上も公開している。
待我布下天罗地网,只管那敌人自己来投《气壮山河-岳麓暴虎》教学视频【千伏说明书16】
怎么想都不会有人想用核弹进行战争的吧?《核弹大赛》规则教学【千伏说明书25】
【千伏说明书29】快!一起去看北海的落日!《困兽犹斗》规则教学
【千伏说明书33】只要我们成功!就能再次把他们赶下海!《阿登森林》教学视频
【千伏说明书34】速将城楼左侧佛朗机炮右移三十寸!《昭昭天明》教学视频
【千伏说明书35】只要史坦纳发动进攻,一切都会好起来的!《帝国毁灭》教学视频
【千伏说明书36】大丈夫身居天地之间,岂能不知三国!《三分天下》教学视频
【千伏说明书39】先生们!此时合众国的内战已经难以避免了!《南北战争》教学视频
【千伏说明书41】我会不断战斗,直到将敌人彻底驱逐!《风卷红旗》教学视频
【千伏说明书42】背水一战!我们的身后就是华沙!《华沙1920》教学视频
パブリッシャー自らがこれだけ積極的にインスト動画を投稿している事例は英語圏でも見ない。ましてや日本のパブリッシャーは完全に遅れを取ってしまっている。
自制
これだけ頻繁にレビューやリプレイやインストの動画が投稿されていると、当然、「自制」すなわち自作ゲームのメイキングやプレイテストの映像を投稿する人も出てくる。
ただし、これは結構ピンキリが激しく、HexDrawを使ってキッチリとマップを作り上げるセミプロ級の人もいれば、マップやユニットやルールブックまで全て手書きという、ちったぁパソコン使えよと言いたくなるような奴も少なくない。基本的に稚拙なショート動画が多いので、あまり「亜州卓上戦棋定点観測」では積極的に紹介してはいない。
とはいえ、そうした自作ゲームの映像も頻繁に投稿されていることは知っておくべきだろう。
魔改造
「魔改造」という単語は日本で生まれたが、支那語圏にも伝わって「魔改」と呼ばれるようになり、卓上ウォーゲームにおいても既存のゲームに対する(極端な)ハウスルールや自作シナリオが「魔改規則」「魔改劇本」と呼ばれている。
そして今年の8月頭、これぞ魔改造リプレイとでも呼ぶべき投稿があった。それが、これ。
AKB48vs桃色幸运草Z 2014国立竞技场兵棋推演 介绍及第一回合
プレビュー画像だけだと何これ?というシロモノだが、激マンこと「激闘!マンシュタイン軍集団」のユニットをAKBとももクロのメンバーに置き換えて2014年の国立競技場でのライブ合戦を表現していて、9月末までに計10本が投稿された。
【大结局】AKB48vs桃色幸运草Z 兵棋推演终章第十集+彩蛋
日本でも「ヒトラー帝国の興亡」のガルパン版ユニットが作られていたり「信長最大の危機」の戦国ランス版ユニットが作られていたり「Here I Stand」のユニットが全てアニメキャラに置き換えられたりしているが、日本のそれと同様の魔改造も既に成立していると言えるだろう。
常連投稿者
ここまで、硬軟取り混ぜてビリビリ動画での様々なウォーゲーム関連動画を長々と紹介してきたが、いよいよ締め括りとして、一般の常連投稿者を一通り紹介しておく。
老莫大叔はコロナ以前はリプレイが、コロナ以後はレビューの投稿が多い。
航仔在玩卓遊はウォーゲームだけでなくユーロゲームやポケモンTCGも嗜むオールラウンダーで、比較的コンパクトなゲームを扱っている。
试玩解说绝版战棋,纸上谈兵7《莫斯科闪击战2》 | 航仔play
豊臣君的兵棋卓遊頻道は標準的な規模のゲームのレビューやリプレイが多い。
【二战兵棋桌游】完结!GJ78 库尔斯克战役(パンツァーカイル:クルスクの戦い)第4-5回合
【二战兵棋桌游】完结!高加索战役 The Caucasus Campaign 第7回合讲解
楊歩飛も標準的な規模のゲームのレビューやリプレイが多い。
【村规推演】鏖战冰峡·威瑟堡演习——冲出大西洋(个人精分)part6
魏国遊戯社も標準的な規模のゲームのレビューやリプレイが多い。
中国boy超及大猩猩はミニゲーム・ビッグゲームを問わないリプレイが多い。
【兵棋推演】“打到济南府,活捉王耀武!”大决战济南战役四人推演战报
【兵棋推演】黄龙之困多人试推,清军玩家能否改写历史,扭转乾坤?
符旭はリプレイよりもレビューの方が比較的多い。
【兵棋】突破齐格菲防线 跨过莱茵河 亚琛1944兵棋开箱&测评
何日悠はTabletop Simulatorを使った長時間リプレイの投稿が多い。
苏德全景兵棋《激斗!巴巴罗萨》(完结)微操到师的伟大卫国战争:莫斯科!莫斯科!
解放战争全景兵棋《烈火/星火燎原》(完结)快进到辽沈战役1947我优势呢??
兵聞拙速
さて、最後に紹介する常連投稿者は、空海大帝。
顔出しはしていないけれども、明らかに変声期前の小坊か中坊で、プレビュー画像こそそれなりなものの、ロクに周りの片付けもせずに撮影を始めるわカメラも固定しないわ、ブレッブレのボケッボケでアングルもヘタクソという稚拙な投稿ばっかりなのだが、逆に言うと、こんなチン毛も生えていないようなガキンチョでも軽率に動画を撮影して投稿するくらい、現在の中華人民共和国では卓上ウォーゲームが普及していて、関連動画の投稿も一般化していると言える。
だから、日本の卓上ウォーゲーマーも、もっと軽率に撮って軽率に上げてしまおう。兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを睹ざるなり(孫子・作戦篇)。
後口上
もっと軽率に撮って軽率に上げてしまおう……って、言ってるお前はどうなんだ、という声が聞こえてきそうだが、実は2020年にGoProを買っている。常磐線が全面再開したので鈍行乗りつぶしの映像をフルHDで海外向けに英文解説付きでYouTubeに上げたり、都内でのサイクリングの映像も海外向けに英文解説付きで上げたりすることを考えて買ったのだが、コロナ禍で大っぴらに遠出するのが憚られる状態が続いて使う機会を逸している内に、家でデジタルデータのバックアップ用に使っているNASの空き容量が厳しくなってしまった。
動画はやはり容量を食うので、今年NASを倍の容量のものに買い替える予定だったのだが、iPhoneを不注意で水没させてしまったりコロナに感染して自宅療養で手取りが減ったり、そうしたゴタゴタでマイナカードの受け取りが10月にずれ込んでしまってポイントを受け取りそこなったり、トータルで10万円以上大損ぶっこいてしまい、いまだにフトコロに余裕が無い。
そんなわけで、YouTubeへの投稿はコロナ以降、途絶えてしまっている。本稿がここまで滅茶苦茶長くなってしまったのは、そうしたここ数年の溜まりに溜まった鬱積・鬱屈・鬱憤を叩き付けまくったから、とも言える。
追記
本稿を公開して丁度1ヶ月が経つ直前のタイミングで、ビリビリ動画の埋め込み動画を自動再生させない方法が判明したので、ウィキとブログで埋め込みしている箇所は全て自動再生しないように修正したが、埋め込みが何十件もあるとページが重くなることは変わらないので、本稿では引き続き、埋め込みはしないことにした。