前回、ウォーゲームはテーマ志向・追体験重視で、いつの時代をテーマとするかによっても、得られる追体験の感覚は異なってくる、と述べたが、ゲームの「縮尺」によっても、得られる追体験の感覚は異なってくる
「コマンドマガジン日本版」の付録ゲームで例を挙げてみる。第119号の付録ゲーム「皇帝ナポレオン」は、ナポレオン戦争全体を(ナポレオンのフランス皇帝戴冠後の)1805年から扱っていて、1ターンは実際の1年に相当し、マップはおおむね1国が1エリアのエリアマップを採用している。
これに対し、第122号の付録ゲーム「1815: The Waterloo Campaign」は、ナポレオン戦争の最後の戦いであるワーテルローの戦い、および前哨戦であるリニーの戦いとカトル・ブラの戦い「だけ」を扱っていて、1ターンは実際の1時間に相当し、マップはヘクスマップを採用していてヘクス同士の間隔は実際の約600メートルに相当している。
そして、第61号の付録ゲーム「Hougoumont: Rock of Waterloo」は、ワーテルローの戦いの序盤におけるウーグモンの邸宅の攻防戦「だけ」を扱っていて、1ターンは実際の10分に相当し、マップはヘクスマップを採用していてヘクス同士の間隔は実際の25ヤード(22.86メートル)に相当している。
つまり、同じナポレオン戦争のゲームであっても、「皇帝ナポレオン」はマクロな「戦略」を扱っているのに対し、「ウーグモン」はミクロな「戦術」を扱っていて、「ワーテルロー」はそれらの中間的な「作戦」を扱っている。
マクロな戦略を扱ったゲームの場合、中立国の参戦と脱落といった外交的な要素や資源の確保といった経済的な要素、そして国民の支持といった内政的な要素がゲームに盛り込まれることが多い。一方、ミクロな戦術を扱ったゲームの場合、飛び道具の射程距離や、敵との間に建物や森といった視認や射撃の妨げになるものが無いかという「視線(英語だとLine of Sight、LOS)」、そして弾薬の残数や突発的な弾詰まりといった要素がゲームに盛り込まれることが多い。
また、戦略級のゲームではプレイヤーは国家元首や元帥といった最高司令官の役割を演じることが多く、年単位の戦争全体を扱うことが多いのに対し、戦術級のゲームではプレイヤーはおおむね中隊長・小隊長・分隊長といった前線指揮官の役割を演じることが多く、数十分〜数時間の戦闘だけを扱うことが多い。
ユーロゲーマーがウォーゲームと聞いて連想するのは、大体この戦略級ゲーム(「War Room」とか「Quartermaster General」とか)か、あるいは戦術級ゲーム(「Memoir ’44」とか「Undaunted: Normandy」とか)だけ、ということが多い。
しかし、ウォーゲーマーは戦略と戦術の中間に位置する「作戦級」のゲームをプレイすることが多く、しかも、史実と同じ月に合わせてプレイすることが多い。例えば、毎年6月にはノルマンディー上陸作戦やバルバロッサ作戦のゲームをプレイすることが多く、毎年9月にはマーケット・ガーデン作戦のゲームをプレイすることが多く、毎年12月にはバルジの戦いのゲームをプレイすることが多い。
ちょっとだけ実例を挙げると、日本最大の卓上ウォーゲームサークル、YSGA(横浜シミュレーションゲーム協会)は毎年12月にバルジゲーム大会を開催していて、つい先日、33回目の開催となった(バルジゲーム以外もプレイしているけど)。
「コマンドマガジン日本版」第71号の特集記事「ゲーム環境は総合力で作れ」の中で、「理想のゲーム部屋」というテーマで速水螺旋人先生がこんなイラストを寄稿している(単行本「速水螺旋人の馬車馬大作戦」に再録)。
卓上ウォーゲーマーの多くは、こうした「最前線から少しだけ離れた作戦本部で作戦地図とにらめっこする中堅クラスの作戦指揮官」の追体験をこそ求めているのだ。
また、作戦級ゲームは1つの会戦・戦役・攻防だけを切り取っているので、戦略級ゲームのような外交・経済・内政といった非軍事的な要素は基本的にカットされている。加えて、戦術級ゲームと比べてみても、個々の兵器のスペックや下級指揮官の統率力や兵士の士気といった細々としたパラメーターは少なめとなっている。
空戦ゲームや海戦ゲームは駒1つが1機・1隻を表していてヘクスマップを採用した戦術級のゲームが主流ではあるものの、陸戦では大まかすぎず細かすぎない作戦級ゲームが卓上ウォーゲーマーの間ではプレイされることが多い。こうした、「陸戦ゲームと言えば主にどんな縮尺なのか」という認識も、ユーロゲーマーとウォーゲーマーの間では大きく異なっている。
全くの余談になってしまうが、卓上ウォーゲームがTRPGの先祖であるということも、これで納得できるだろう。プレイヤーが役割を演じる指揮官を元帥→方面軍司令官→軍団長→師団長→連隊長→大隊長→中隊長→小隊長→分隊長……と、どんどん最前線に近付けると、駒1つで表される部隊も方面軍→軍団→師団→連隊→大隊→中隊→小隊→分隊……と、どんどん規模が小さくなり、最終的に駒1つが兵士1人を表すようになると、TRPG(の戦闘システム)になる。
実際、世界最初のTRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」のデザイナーであるゲイリー・ガイギャックスは元々ウォーゲームをデザインしていたし、D&Dの戦闘システムは戦術級ウォーゲームをベースにしている。更に言えば、D&Dの舞台がダンジョン、すなわち地下迷宮であることは、明らかにベトナム戦争が関係している。
ベトナム戦争で、米軍はジャングルに潜むベトコンを掃討するため、ナパーム弾や枯葉剤で木々を消滅させていったが、ベトコンはそれに対抗してゲリラ戦用の地下トンネルを張り巡らせた。そのため、米軍は度々そうした地下トンネルの掃討作戦も実施していた。D&Dは明らかにそれをモチーフとしている。
ちなみに、そうしたベトナムのゲリラ戦用に作られた地下トンネルの一部は現在、観光地として整備されている(ホーチミン市郊外のクチの地下道など)。また、ベトナム戦争で米軍に次ぐ規模の兵士を派遣した韓国では江原道華川郡にあった派遣兵士の訓練場の跡地を整備して地下トンネルも再現させている(2009年に写真を撮りまくった)。