支那の見方・その6

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前回の内容は、日本人と支那人での三国時代の受け取り方の違いだったが、今回の内容はその続き。まずはちょっと質問をひとつ。「王」と「皇」は、どう違う?

日本ではカトリックの「Pope」を「法王」と訳したり「教皇」と訳したりするように、「王」と「皇」の区別が曖昧なので、なんとなーく「王」よりも「皇」の方が格上?みたいな?という感覚の者が大半だろう。「学校」や「学園」よりも「学院」の方がなんとなーく格上?みたいな?

しかし、支那人はそう思わない。清朝末期までの支那人にとって、「王」とは天下が複数の国々に分裂している時の、それぞれの国の統治者のことであり、ゆえに、天下が複数の国々に分裂していれば、「王」も同時代に複数存在していて、いずれも天下の一部分の統治者に過ぎないのに対し、「皇」とは天下がひとつに統合されている時の、天下全体の唯一にして正統な統治者を意味していた。格が、全く違う。

現代の支那人においても、そうした感覚が残っていることを示す、代表的な例を挙げてみる。イギリスの国王を、支那語では「英皇」と呼ぶ。香港島北部を東西に走る大通りの「King’s Road」は支那語では「英皇道」だし、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスは「皇家歌劇院」だし、イギリスの海軍と空軍(英語では「Royal Navy」「Royal Air Force」)は「皇家海軍」「皇家空軍」だ。

かつての大英帝国、現在の英連邦もまた、イングランドウェールズスコットランドカナダオーストラリア……といった国々の集合体であり、ゆえに、そうした国々の集合体における唯一にして正統な君主に対する称号は「王」よりも「皇」が相応しい、と、支那人は考える。だから「英王」ではなく「英皇」なのだ。

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