ザ・コンプリート・ウォーゲームズ・ハンドブック・第二版

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とりあえず、冒頭に「War-Gamers Advent Calendar 2021」へのリンクを張っておく。

今から約40年前の1980年、アメリカ・ニューヨークの出版社、William Morrow and Companyから一冊の本が出版された。書名は「The Complete Wargames Handbook: How to Play, Design and Find Them」。著者は、1970年代に様々なウォーゲームのデザインを手掛け、アメリカにおけるウォーゲーム隆盛の一翼を担った、ジェームズ・F・ダニガン(James F. Dunnigan)。

本書は「How to Play, Design and Find Them」という副題が示す通り、ウォーゲームをいかにプレイするか・いかにデザインするか・いかに探し出すかが網羅された、ウォーゲームに関する包括的な解説書で、1982年にはホビージャパンから「ウォーゲーム・ハンドブック」という邦題で日本語訳が出版され、同じくホビージャパンから1982年(厳密には1981年12月)に創刊されたウォーゲーム専門誌「タクテクス」と共に、日本におけるウォーゲームの普及にも大きく貢献した。
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……という話は、1960年代生れの日本人ウォーゲーマーであれば、おそらく誰でも知っていて、ホビージャパンの日本語訳も出版直後に読んでいるであろう。しかし、このダニガン本、原書は1992年に第二版が、2000年に第三版が出版されていることまで知っている日本人ウォーゲーマーは相当限られるだろう(一応、ゐきぺの英語版でもBGGでも確認できることだけど)。ましてや、原書の第二版は1980年代におけるRPGやPCゲームの隆盛を踏まえて大幅に加筆されていて、しかも絶版になった1997年からは全文がオンラインで公開されていて、PDF版も無料でダウンロードできることまで知っている日本人ウォーゲーマーは更に限られるだろう(第三版はオンデマンド出版になっただけで内容は第二版と同じらしい)。

では、具体的にどのようなことが加筆されたのか?まずは目次を比較してみることにする。第一章「What is a Wargame(ウォーゲームとは何か)」でミニゲーム「The Drive on Metz」をサンプルにウォーゲームの基本的なプレイの流れを紹介して、それに続く第二章「How to Play Wargames(ウォーゲームのプレイ方法)」で更に詳しくウォーゲームの基礎知識を解説しているのは、第二版でも変らない。しかし、その後は章立てが大きく異なっている。

第一版(の日本語訳)では第三章が「コンピュータとウォーゲーム」、第四章が「戦いの歴史」、第五章が「ウォーゲームの歴史」、第六章が「ウォーゲーマーの実態」、第七章が「ゲームをデザインする」となっている。一応、第一版でもPCウォーゲームが紹介されてはいるが、当時はまだパソコンの性能が低かったので画面表示は文字ばっかりで、解説もそれほど詳しくはない。

これに対し、第二版では第三章が「Why Play the Games(ゲームをプレイする理由)」、第四章が「Designing Manual Games(手動のゲームをデザインする)」、第五章が「History of Wargames(ウォーゲームの歴史)」、第六章が「Computer Wargames(コンピューターウォーゲーム)」、第七章が「Designing Computer Games(コンピューターゲームをデザインする)」、第八章が「Who Plays the Games(誰がゲームをプレイするのか)」、第九章が「Wargames at War(戦争におけるウォーゲーム)」となっている。

第一版の第四章「戦いの歴史」が第二版では第三章「Why Play the Games(ゲームをプレイする理由)」に移動していて、第一版の第六章「ウォーゲーマーの実態」が第二版では第八章「Who Plays the Games(誰がゲームをプレイするのか)」に移動している。それに加えて、第二版では新たに章が2つ追加されている。

1980年代にパソコンの性能が向上して画面表示がグラフィカルになったPCウォーゲームが増えていったことを反映して、第二版ではPCウォーゲームを中盤で詳述するようになり、加えてウォーゲームのデザインを「手動のゲーム」と「コンピューターゲーム」に分けて解説するようになっている。「手動のゲーム」のデザインのサンプルとしているのが「The Drive on Metz」であることは第一版(の第七章)と同じだが、PCウォーゲームのデザインについて新たに設けられた一章では、ダニガンが1981年から1992年にかけて制作に関わった5つのPCウォーゲームに関する話が述べられている。

そして第二版の巻末に追加された第九章「Wargames at War(戦争におけるウォーゲーム)」では、プロの軍人が演習として実施する、いわゆるプロフェッショナルウォーゲーミング(と、アマチュアのホビーとしてのウォーゲームとの違い)に関する話が述べられている。

更に、第二版では巻頭の方にもかなり長い序文が追加されていて、アメリカにおいても手動のウォーゲームの市場が1980年代に縮小していったことや、逆に(軍事シミュレーションのためにコンピューターを多用していた)プロの軍人が手動のウォーゲームに注目するようになり、ダニガン本を机上演習の教科書としてまとめ買いしていたこと、そして手動のウォーゲームとコンピューターウォーゲーム、それぞれの長所短所などが述べられている。この序文だけでも一読の価値はある。

このような、ダニガン本の第二版で追記されたことを、日本人ウォーゲーマーの大部分は知らない。それ以前に、第一版の日本語訳ですら古書市場でなかなか出回っていないので、入手が難しい。

ダニガン本(の第一版)以外の、日本語で読めるウォーゲームの解説書というと、ホビージャパンが1993年に「無血戦争」という邦題で日本語訳を出版した「The Art of Wargaming」が挙げられるが、これもやはり古書市場でなかなか出回っていない(全くの余談だが、「The Art of Wargaming」という原題は、明らかに孫子の兵法の英訳「The Art of War」にひっかけたものなのだから、「ウォーゲームの兵法」とでも訳すべきだろう)。そもそも1993年という年は、「タクテクス」が休刊した1992年と「コマンドマガジン日本版」が創刊された1994年の狭間で国産のボードウォーゲームが全く出版されなくなってしまったドン底の年だったので、発行部数自体が少なかったであろうことは想像に難くない。

つまり、日本では母語で書かれたウォーゲームに関する包括的な解説書が手に入りにくい状況が、四半世紀も続いている。一方、アメリカでは21世紀に入ってからも、2008年に「Wargaming for Leaders: Strategic Decision Making from the Battlefield to the Boardroom」、2012年に「Simulating War: Studying Conflict through Simulation Games」、2016年に「Zones of Control: Perspectives on Wargaming」、2020年に「Wargaming Experiences: Soldiers, Scientists and Civilians」……と、ウォーゲームに関する新たな解説書が何冊も出版されている(あくまでも、これらはその一部)。

……と、ここまでの話であれば、日本人ウォーゲーマーであっても英語に堪能であれば知っているかもしれない。だが、俺の話がこれで終るわけが無い。ここからは、そのような英語に堪能な日本人ウォーゲーマーですら知らないであろう話をぶちまける。

中華人民共和国に、「战争艺术论坛(戦争芸術論壇)」というウォーゲーム専門のネット掲示板が存在する(2008年にサービスを開始したが、大体5年おきくらいに1年程サーバーが落ちてしまっている)。ここで2008年のサービス開始直後にダニガン本の第二版のオンライン版を紹介するスレッドが立っていて、リプライが10年に渡って600件も付いていて、「うへぇ〜全部英語だぁ」などと文句をぶーたれるリプライもある一方で相当数がこれを読んでいて、しかも、2018年には有志による翻訳プロジェクトのスレッドが立っている

更に、人民解放軍で1993年に退役するまで多数の演習用シミュレーターを開発していた楊南征が、2007年に「虚拟演兵(虚擬演兵)」というウォーゲームの解説書を解放軍出版社から上梓していた(2010年に北京で買った)。ちなみに、楊南征はビリビリ動画チャンネルを持っていて、今でも影響力が大きい。

更に更に、国防大学出版社からも2012年に「兵棋对抗演习概论(兵棋対抗演習概論)」が、2013年に「兵棋」と「兵棋与兵棋推演」が出版されている(全くの余談だが、「兵棋与兵棋推演」の著者である劉源は2015年まで人民解放軍の将校で、しかも劉少奇の息子)。

この他にも、2017年には航空工業出版社から「桌面战争(卓面戦争)」が、2018年には機械工業出版社から「兵棋总体设计(兵棋総体設計)」が出版されている。つまり、21世紀に入ってから、アメリカに次ぐレベルでウォーゲームの解説書が次々に出版されている。

去年キレ散らかしながら解説した通り、中華人民共和国では2010年代後半にボードウォーゲームのメーカーと出版点数が急増して日本を追い越してしまったのだが、その大躍進の素地は既に2000年代に形成されていたのだ。「ドイツ戦車軍団」(ジャパン・ウォーゲーム・クラシックス版を北京の戦旗工作室がライセンス出版したもの)が人民解放軍のミサイル開発・運用に関する教育機関である火箭軍工程大学のウォーゲーム大会でプレイされたり、「功敗垂成(「ゲームジャーナル」第4号付録「激闘!マンシュタイン軍集団」を千伏工作室と戦旗工作室が共同でライセンス出版したもの)」のリプレイ動画が4万回も再生されたり、国防教育を目的に掲げた全国の大学対抗によるウォーゲーム大会が毎年開催されたり、冷戦時代のヨーロッパでのNATO対WPOをテーマとした仮想戦ビッグゲームがクラウドファンディングで32万元(約544万円)も集めて出版されたりしたのも、ウォーゲームの解説書が手に入りやすく、プロ・アマを問わないウォーゲーミングが盛んになっているからこそなのだ。

このように、太平洋を挟んでバチバチに睨み合う二大国の両方で母語によるウォーゲームの解説書が何冊も出版され、プロ・アマを問わないウォーゲーミングが盛んになっているのに対し、そのキナ臭い狭間に位置する日本で母語によるウォーゲームの解説書すら手に入りにくい状況が四半世紀も続いているのは、極めてまずい。

俺は1974年生れで、小・中学生だった1980年代にはウォーゲームに関する情報に接する機会にほとんど恵まれず、最も時間が有り余っていた高校・大学時代が1990年代の業界冬の時代とモロにかぶってしまったことは、以前にも書いた。ダニガン本の第一版の日本語訳を永田町の国立国会図書館で流し読みしてみたのも、21世紀に入ってからだった。

ホビージャパンからの出版直後に読んでいた者の中で、日本でのダニガン本復刊の音頭を取る者は、この四半世紀、ひとりもいなかった。ひとりも、だ。こんな基礎文献の整備すら怠っておいて、新規のウォーゲーマーが増える訳が無い。どんどん周回遅れになってしまっているのに、そういう自覚も無い。

だから……訳すことにした。
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とはいえ、以前に「The East is Red: The Sino Soviet War」のルール末尾のデザイナーズノートを訳した時にも思ったけど、ダニガン先生の英文はやたらと前置詞句や関係詞節が多くて単語同士の繋がりがわかりにくく、個々の単語も辞書に用例の無い使い方をしていたりして、まさに「晦渋」と呼ぶにふさわしいクセの強さで、Google翻訳とDeepL翻訳を両方駆使しても手こずる。原文がタダで公開されている以上、訳し終えたら同じくタダで公開するつもりだけれど、正直タダ働きにしては負担がデカ過ぎる。就職氷河期組は何かと上の世代の尻拭いをさせられるが、これもそうだ。本来、俺がここまでやる義理も義務も無え。クソむかつく。あと、さすがにホビージャパンが今でも独占翻訳権と日本語訳の版権を保有しているとは思えないけど、仁義は通さなきゃならないだろうし、ダニガン先生にも連絡取らなきゃいけないし、めんどくせーなー……などといったことを思いながら第二章の途中まで訳したのだが、3月以降、コロナ禍で気晴らしの外出がしにくくなってメンタルが悪化していった上、ゲムマでのウォーゲーム系ブースの出展見合わせが相次いだことでモチベーションがどんどん落ちてしまった(ブログの更新頻度が落ちたのも同じ理由)。

しかし、9月にワクチン接種を済ませ、新規感染者も激減し、何度か旅行もして徐々に士気も回復し、そして、ゲムマ2021秋でホビージャパンの「タクテクス」復刊の報に接した。

正直、ホビージャパンがプロの翻訳家を雇ってダニガン本の第二版か、そうでなくても何か海外で評価の高いウォーゲームの解説書の日本語訳を出版するか、あるいは日本人の書き手による新規の解説書を出版してくんねーかなー、とは思う。来年、2022年はホビージャパンが1972年にミニチュアウォーゲームを日本に紹介したことによって、日本でホビーとしてのウォーゲームが始って半世紀、という節目の年なのだから。まぁ、ホビージャパンにそういう気が無いのなら、引き続き、俺がダニガン本の第二版の翻訳を進めるけど。

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